イタリア国民投票。外国人にもわかるように解説してもらった ②

国民投票まであと5日。

政治に疎く外国人である自分にも分かるよう、まわりのイタリア人にそれとなく話題を振って聞くようにしています。

そもそも

そもそも何のために行われる国民投票なのか、断片的に聞いたり読んだりして自分なりに理解したのはこんな感じ。EU離脱については直接関係はない。

日本の衆・参議院のように、イタリアには上院と下院というのがある。
上院の権限が強くて、法律が通りにくかったり、政権がすぐ変わったりして安定しない。
だから、レンツィ首相(41)は、上院の定数を減らし、権限を弱くして、政権が安定するようにしたい。
そのためには、憲法を改正しなくてはならない。
憲法改正には、国民投票が必要。改正賛成なら「Sì」反対なら「No」

イタリアは欧州の他の国に比べて政治家の数が多い、というのは昔からよく聞く話で、それだったら、「上院の定数を減らす」というのはいいことなのでは? と思える。

それを41歳という若い首相が実行しようとしているのだから、反対する人は自分の利益を守ろうとする古い政治家や頭が固い旧世代で、若者は変化を望んでいる、、というような構図かと思っていたが、そうでもないらしい。

イタリア人男性(40代、IT関係)の話

耳障りがいい「政治家の数を減らす」という賛成派のスローガンに対して、「憲法の変え方に問題がある」とか「改正後のシステムに不安要素が多い」などと疑問を呈して反対を唱える方が、本当に政治のことを理解している良識派、みたいな風潮がある。

平たく言えば、NOという方がインテリっぽい。

現時点では、NOに投票する人の方が多いという調査結果も出ているが、米国の選挙同様、どうなるか分からない。

反対派は、憲法改正のプロセスにこだわり「こういう改正のやり方は良くない」というわけだが、イタリアにはとにかくやってみるという政治が必要。

議論に終始して言うことは立派だが結果的に何もできない政治家が多い中、レンツィ首相は、まだ実行力があるほう。

NOが勝ったら、旧態依然のイタリアという印象を海外に与えることになるし、改正後の政治システムがどうなるかなんて、誰にも分からないのだから、とにかくやってみる、変えてみるという割り切りが必要。

反対派が言う「憲法改正後の政治システムの危険性」について。

憲法改正では、上院の定数を減らし(315→100)、その100人のうちの95人は地方議会の議員から選ぶ、としており、これが未知数で危険だということらしい。現行では、上院議員は国民の直接選挙によって選ばれている。

イタリア人男性(40代、自営業)の話

(賛成派が勝てば、ずっと多すぎると言われていた政治家の数が減るのだから、これは単純にいいことなんじゃないの? 反対派はどうして反対なの? という質問に対して)

まず、どこの国にもいるように、護憲派というものがイタリアにもいる。そして、憲法改正について反対というより、今のレンツィ政権を支持できないから国民投票も反対に票を投じる、という人も多い。

反対を唱える政治家も、結局、反対派が勝てば現政権が弱体化し、おのずと次の選挙に自分たちに有利になるという打算がある。

イタリア人男性(20代後半、学生)の話

政治家を減らすのはいいことだと思うが、上院の定数が減って権限が弱まることによって、権力の集中化と一元化というリスクがある。

国民の選挙によって選ばれたわけではない今の政府が、このような権力の集中化のための国民投票を行うというのがよくない。

そして、憲法が改正されたら、定数100となる上院の議員は、国民の選挙で選ばれるのではなく、各州の代表者がなるわけで、これは独裁を可能にするシステムで非常に危険。

イタリア人女性(30代、フリーランス)の話

投票まであと1週間を切っているというのに、まだどちらに投票するか決めることができない。私の友達も同じで、普段から政治観がはっきりしていて普通の選挙なら投票先に迷うことがない彼らも、今回に関しては、いまだに決めきれていない。

賛成派の「政治家の数を減らす」という文言はキャッチーで、いかにも正当性があって、それがちょっとポピュリズムっぽい。その文言だけに乗せられて簡単に賛成してしまっていいのか、という疑問が判断を難しくさせる。

そして、通常の国民投票では投票率が50%に満たない場合は無効になるが、今回の国民投票はそれがなく、投票率に関わらず必ず決定が下される。

いろいろな意味で本当にやっかいな国民投票だ。

〜〜

話を聞いたイタリア人の年齢や職業はまぁまぁ広範囲だが、すべてボローニャ近辺在住なので、地域性という観点ではかなり偏っている。伝統的に「左」が強い街なので、その影響が少なからずある。そして、イタリアの場合、どんなことでも「南北差」があり、もし南イタリアの非都市部で話を聞いたら、まったく別の文脈からまったく違う意見が出てきそう。