【外出制限下】あるイタリア人女性の愚痴&嘆き

3月11日に発令されたイタリア全土移動制限(≒ 外出制限)から約2週間。

3月23〜26日あたりは「感染者増加のカーブが緩くなった」などと報道されたのですが、亡くなった方の人数が600とか700とかの間で「前日より減った」などと言われても全くいいニュースのように感じません。。

 

テレワーク中に話したイタリア人女性の愚痴

テレワークしていても1日に3〜4人と会話します。仕事と関係ない世間話もしますが、当然、外出制限下での生活の話に。

私が「きのう12日ぶりに外に出てスーパーで買い物した。スーパーの前に列がなくてよかった」と言うと、このイタリア人女性も「私も昨日行ったったけど、ほとんど並ばずに入れた」。

おそれていたのは、こんな状態↓

(3月22日コッリエレデッラセーラ1面。参照:corriere.it)

気味の悪い光景です。人との距離1mを保って列を作るとこうなります。列ができるのは、入場制限しながらスーパーに入店させているから。

 

「私の家の前のスーパーにはいつも同じ人が並んでいる」

このイタリア人女性、いろいろ溜まっていたようで、それを吐き出すように話し始めました。

スーパーは私の家のすぐ先にあるから、部屋の窓から列が見える。並んでいるのは大部分が高齢者。毎日犬の散歩でその前を通るけど、ほぼ毎日のように並んでいる人がいて顔も覚えてしまった

こんな風に、例えば牛乳やパンだけを買うために毎日のようにスーパーへ行く人がいれば、「外を出歩く人が多すぎる」という問題は解決されないだろう、と。

(と言いつつ「毎日犬の散歩」をしているという部分、違和感があるかもしれませんが、「ペットの生理的必需性」として認められている)

彼女の家の近くのスーパーの列に並んでいる人の多くは高齢者だからこそ、急に寒さが戻り天気が悪くなったその日は外出を避け、結果的に列が短くなくなったというわけです。

 

「列に並ぶスーパーを避けて八百屋に行けば手袋なしで野菜に触るおじさん」

とにかく人が集まることは禁止になっているけど、スーパーにあれだけ列ができれば集まっていることと同じなんじゃないの?

愚痴が止まりません。気持ちがネガティブにふれているようで、片っ端からケチをつけたくなっている状態ですが、その気持ち、自分もよく分かります。

スーパー以外でも食料品店は営業しているので、個人経営の小さい八百屋に行ったそうです。

ほしい野菜を言うと、八百屋のおじさんが選んで袋に入れてくれるシステムなんだけど、普段と同じように手袋なしで素手で野菜を触る。。

私も、よく行くスーパーのレジのおばさんが陽気で話し好きで、こういうときに明るいのは有難いのですが、いつもと同じようにマスクなしでお客さんと喋りまくるので、さすがに嫌になりました。

 

「酵母が買い占められてパンが作れない」

買い占めに関しては、「体感」ではある地域で一時的に起きただけ、という気がします。

例えば、2月21日(金)にコドーニョという町で感染が確認され、周辺11自治体が閉鎖された翌日、同州の州都ミラノでは空っぽになったスーパーの棚がニュースで流れました。

これとて1週間後ぐらいには、ミラノ中心部に住む知り合いの話によれば「ほとんどの食料は補充された」とのことでした。

私が、3月11日の移動制限(≒外出制限)発令から2週間後ぐらいにスーパーに行ったときも、食料品は不気味はほど充実していました。パスタ類もたっぷり。

ただ、先のイタリア人女性の話に戻ると、

小麦粉はいつも品薄。これさえあれば、パンやパスタが作れるから。

日本人的にはパスタやパンなどの小麦類がなくても米類があればしのげるので、小麦粉はノーマークでした。

そして土地柄、卵を練りこんだ黄色い麺(タリアテッレなど)をよく食べるので、卵も若干品薄。あとは、パンを作るためのパン酵母。

パン酵母の棚に向かっていくと、いくらか残っているように見えた。だけど、私より先に来たおばさんが残っていたものを全部さらっていった。こういう非常時に自分のことしか考えない人が多くて本当にうんざりする

彼女は、これについてイタリア人の自分勝手さと結びつけて腹を立てていましたが、まぁこういうことは日本のマスク転売しかり、どこでも起きていることだと思います。

 

アナログな「移動時の自己申告書」

移動は、仕事・健康・家庭上の理由でのみ認められ、その際も自己申告書を携行していなければなりません。

これをプリントアウトして警官に見せる。。

プリンターがなかったら? という疑問に全国紙コッリエレデッラセーラが3月16日の時点でこう答えています

「プリンターがなかったら、手書きで書き写したものでもよい」

ITをフル活用しプライバシーにも踏み込んでコロナの抑え込みに(現時点では)成功している台湾やシンガポールなどに比べると、めまいがするようなアナログ処理。。

さらに、この自己申告書が短期間のうちに、ver.1 → 2 → 3 と迷走。変更箇所は、移動先の住所欄が付け加えられたり。

買い物にいくとき、自己申告書にスーパーの住所を書かないといけないわけ?

イタリア人女性も「これこそイタリア」とあきれていました。

 

先が見えずに募るいらいら

テレワーク中に話したイタリア人女性の愚痴について書いてきましたが、基本的なトーンとして「状況はこんなにも深刻なのにイタリア人は‥‥」というものでした。

彼女の嘆きは続き、他にも、

  • これだけ「外出するな」と言われているのに、同じアパートの住人にジョギングに行く人がまだいる。若者ですらない。50過ぎの中年男性。

 

  • 自分も毎日犬の散歩に行くが、家からせいぜい100m内。ところが、犬の散歩を口実にして普段通りのように散歩をしている人がかなりいる。

 

  • スーパーの中で電話で話しながら買い物をする人がいる。買い物中も1m離れるというルールがあるぐらいなのに、どうして通話も控えようと思わないのか?

 

必ずしもイタリア人だけの国民性とは言えない部分もありますが、先が見えない今のような状態では、すべてを嘆きたくなる気持ちが私にもよくわかります。

(おわり)

 

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