イタリア、11月だけで犠牲者が1万人を超える

イタリアでは、11月だけで犠牲者が1万人を超えました。仏では10-11月の2か月間で1万6000人以上、英では1万2000人以上の人が亡くなりました。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201122/k10012726441000.html

現在、危険度に応じて、州ごとに①レッド、②オレンジ、③イエローの3つに区分けされており、これが随時変わります。

その変化と、ここ2週間の感染者数推移(カッコ内は死亡者)

11月24日 23232人(853人)

11月23日 22930人(630人)
イタリアでこれまでの死亡者の合計が5万人を超える。

11月22日(日) 28337人(562人)

11月21日 34767人(692人)

11月20日 37242人(699人)

11月19日 36176人(653人)

11月18日 34283人(753人)

11月17日 32191人(731人)

11月16日 27354人(504人)

11月15日(日) 33979人(546人)
カンパーニア州、トスカーナ州が新たにレッドゾーン指定。
エミリアロマーニャ州、フリウリ州、マルケ州がイエローからオレンジゾーンへ。

11月14日 37255人(544人)
オーストリア全土ロックダウン決定。17日から。3月並みの厳しいロックダウン。

11月13日 40902人(550人)

11月12日 37978人(636人)

11月11日 32961人(623人)

11月10日 35098人(580人)
フランス 22180人(1220人)

11月9日 25271人(356人)
5州を新たにオレンジゾーン指定
リグーリア、トスカーナ、ウンブリア、アブルッツォ、バジリカータ

11月8日 32616人(331人)

11月7日 39811人(425人)

これより以前のデータはこちら

 

集計を見るのが嫌になる日々に逆戻り

3月、4月の外出制限中は、毎日上がってくる集計の犠牲者数が200〜300人を超えたころから本当に怖く感じ、500人以上ぐらいからは見るのが嫌になりました。

5月以降の制限緩和後も、いずれ第二波が来るというのは想定内だったはずです。

が、あの悪夢の経験を踏まえ、第一波よりは制御できるだろうという見込みがあったように思います。

5月から8月頃までは第二波を免れましたが、冬はウィルスが再活発化するというのは誰もが予想していたことです。

ところが、フランスやスペインでは冬どころかまだ残暑の9月に再び感染が拡大。10月に入ると欧州全土でいわゆる「歯止めがきかない」状態に。

犠牲者数も増え続け、また毎日の集計を見るのも嫌な日が戻ってきてしまいました。

先週(11月16日〜22日)は犠牲者が2日連続で700人を上回りました。

 

恨み節

ブログやSNSで貴重なのは、時系列のあるポイントの総合的環境(当時のまわりの人たちの言動、当時の町の様子、当時のメディアの風潮など)の中で、そのとき自分が思っていたことや考えていたことを「保存」しておけることだ思っています。

1週間先がどうなっているかわからないこのコロナ渦では特に。

これが1か月経ってから振り返ったものだとちょっと補正が入るので、今自分が感じていることをリアルに残しておきたく。

このところの犠牲者数を見ているとぴりぴりし、メンタルも荒んできており、ほとんどが恨み節。

⚫︎ ロックダウン解除の5月から、第二波まで少なくとも4〜5か月はあった。この期間は感染者数も低く、第二波への備えに当てる時間的、物理的余裕もあったはず。にも関わらず、ヨーロッパのこの惨状。大敗北だと思う。

⚫︎ 「自由を」と抗議する人たちにもうんざり。自分たちの生活習慣を変えたり我慢したりしようとせず(例:夏バカンスの自粛ほとんどなし)、それが感染再拡大を招き、規制が強化されると政府を批判。

⚫︎ 根本的な「意識」がどうにもならないぐらい違う。日本と比較してという話だが、よく言われる衛生に対する意識だけでなく、気をつけようとする意識、他人に迷惑をかけないようにしようという意識などが違いすぎる。自分はマスク万能だとは思っていないが、こういった意識が分かりやすくマスク着用という行為に表れていると思う。

⚫︎ 春ごろと違い「マスクは意味がない」という人はイタリアではもうほとんど聞かなくなった。1日の感染者数が2万人を超え始めた10月末から、街なかでマスク非着用者がほとんどいなくなった(おそらく地域差あり。自分の町はいま感染者が非常に多い)。ジョギング中の着用者までいる。しかし時すでに遅し。6月〜9月は非着用者がたくさんいた。夏マスクは不快だし、気の緩みは誰でもあるが、一定の効果があると理解したのなら何故こうなる前からもっと「気をつけよう」と思えないのか。

(おわり)