ベランダで歌い連帯感 ← 1日何百人亡くなっているのに何を歌うことがある?という声【イタリア移動制限】

移動制限で外出自粛となっているイタリア人が、ベランダで歌ったり楽器を演奏したりしている動画がSNSに次々に投稿されました。

こういった動画をSNSでよく見るようになったのは、移動制限発令から3〜4日後の3月13日ぐらいからだったように思います。

私もこれに似たようなベランダ演奏を始めて見たときは少し感傷的になり、リンクを両親に送ったりしました。

 

「ベランダで歌う人たちを見ると寒気」

楽器演奏の他にもみんなで国歌斉唱したり、地元出身ミュージシャンの曲を歌ったりと様々。

大変なときこそ、みんなで歌って励まし合おう

ということなわけですが、ツイッターでこんなことを言っているイタリア人男性がいて目にとまりました。

ベランダで歌う人たちを見ると寒気がする

2020年3月14日(twitter.com/j_gufo/status/1238933378956767234?s=20)

まぁみんなで国歌斉唱とかが苦手な人もいるだろうし、エスカレートし過ぎて関係もない曲を自分が歌いたいだけみたいになっているのもあるので、こういうツイートをしたのかな、と思いました。

みんなの連帯感に水を差すようなツイート、なのかもしれませんが、私も心のどこかで同じように思っている部分があったのか、そのとき不快とは感じませんでした。

私のアパート近辺では一度も音楽が聞こえてきたことはありませんが、もし例えば自分も好きな歌 or イタリア国歌が聞こえてきたら? と、このとき考えました。

私もどちらかというとこういうのに乗れないほうで、カッコつけて冷めた目線で見てしまう悪い癖がありますが、それとは別の部分で何となくそんな気分になれないだろうな、という気がしました。

 

「1日にこれだけの人が亡くなっている中、何を歌うことがあるの?」

そして別のイタリア人女性のこのツイート。

今日だけで368人の死亡者。ベランダで何を歌うことあるの?
CA***(スラング)

2020年3月15日(twitter.com/DoraEbasta/status/1239243675147939841)

本当にそうだな、と思いました。

このツイートがあった翌日16日(349人)、17日(345人)、18日(475人)。

ここ数日の死亡者数はおぞましくて、毎日の集計を見るのも嫌になるぐらいです。

厳しい状況で働き続けている医療従事者に比べて、一般市民にできることはほとんどなく、少しでも感染拡大を防ぐため家にいることが我々への協力になると医師や看護師も言っています。

 

家にいるだけでいい

家にいるだけでいい、とも言えます。休みなく働き続けている医療従事者たちと比べるまでもなく簡単なことです。

勿論ずっと家にいるのはストレスですが、災害時などの仮設住宅でもない自分の家。公園での運動、犬の散歩まで認められています。

食事だっていつも通りとはいかないまでも十分とれているし、睡眠時間はいつも以上にあり、ネット環境さえあれば娯楽やコミュニケーションもある程度満たされます。

これほど「恵まれた」環境で家にいればいいだけ。

医療従事者たちのことを考えれば「ずっと家にこもっている自分たちだってつらいんだ」みたいに思うことは虫が良すぎるような気さえしてきました。

 

病院まで届けとみんなで拍手

歌や楽器演奏のほかに行なわれていることがもう1つ。決まった時間に、病院まで届けとみんなで拍手を送ることです。

これはしっくりきます。

今は「イタリアが1つになって頑張ろう」という、らしくない連帯感みたいなものより、とにかく医療従事者を応援したいという気持ちが現れたこの拍手のほうが、国歌斉唱よりもイタリアのためになるように思います。

(おわり)

 

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